おまたせしました。
「俺のスタンド」の番外編の始まりです。
別名「主役を変えてのテコ入れ」でもありますw
5~6話辺りを目標に綴っていきたいと思いますので、どうかお付き合いの程よろしくお願いします。
それで、本編へ、どうぞ
『サルマキス・クラブ』 ~フミ編~
第1話
吉野・博文(よしの・ひろふみ)は実父を軽蔑していた。
博文の父、博盛(ひろもり)は製薬会社社長であり、成功した実業家でもある。
金儲けだけに拘らず、ワクチン等の寄付といったボランティア活動も積極的に行う父は、他人の目から見ると尊敬に値する立派な父親と映るだろう。
だが、表向きに良い人に見えるだけであり、ある事から博文は父を憎んでさえいた。
ある事とは、父の女癖の事である。
好色親父と例えればいいのだろうか。
とにかく、色々な女性に手を出しては秘め事に耽る悪癖があったのだ。
博文の母・文恵(ふみえ)が2年前に死去した時も、49日を過ぎる前に、博文が気付いただけでも3~4人の女を家に連れ込んでいた男である。
再婚こそしないが、毎週のように囲った女の元へ遊びに行っている。
これでは、いつも父の帰りを待っていた優しい母が浮かばれないではないか。
博文は父親を憎んでいた。
そして、日々、想いを募らせていた。
母の墓前で謝らせたい、と。
博文は、父に恥をかかせ、女癖を反省させたいと思っていた。
口で言っても、女遊びを止めない事は、幼い頃から博文は理解していた。
父の帰りを寂しげ待っていた母の横顔が、今でも博文の胸に鈍い痛みを残している。
復讐とまではいかないが、猛省させたかったのだ。
博文は、行動を開始した。
父の後をこっそりと尾行し、遊び相手の若い女との密会現場をいくつか撮影した。
撮影した写真を匿名で、新聞社や週刊誌に送り、善人面した父の名誉を傷つけてやろうとしたのだ。
だが、確かに送った情報は、新聞等に載る事はなかった。
製薬会社の社長の爛れた女遊び等、ネタに取り上げてもらえないのだろうか?
やはり、デート現場の一部程度では、記事にしにくいのか?
それとも、父が金で抑えているか。
博文のいくつかの行動は、父にとってなんの障害にもなっていなかった。
苛立ちだけが、日々、博文にのしかかるだけだ。
母の写真を見る度に父への怒りが込み上げてくる。
博文の母は、和服の似合う美しい女性であった。
と言うか、和服以外の母の姿を博文は覚えていない。
母が洋服を着た写真もあるが、それは博文の生まれる前のものであったり、4つ上の兄・博次(ひろつぐ)が赤ん坊の時のものだったりした。
母の写った写真は、七五三や入学式等の記念で撮影したものしか残っていない。
母はあまり人前に出たりするのが嫌いなシャイな性格だったと、博文は記憶している。
人が苦手という感じはしなかったが、不思議と母は自分から外出しない人であった。
それに身体も弱かったようで、いつも熱っぽく顔を赤らめている時が多かった。
ちょくちょく病院に通っていたのだが、持病の事を話してくれた事はない。
幼い日の博文はそれがいつも心のどこかに引っかかっていたが、訊ねたたくてももう故人である。
仏間に飾られた母の写真は、どこか憂えていて15になったばかりの博文でさえ、ドキリとする色香があった。
「博文ちゃんは、私に似て美形だから、きっと沢山の女の子に気に入られるわね。・・・・でも、お父さんみたいにアチコチ愛想を振り撒いちゃダメよ。博文ちゃんを一番好きな子が傷ついちゃうから、ね」
そう言いながら、母はいつも寂しげに笑っていた。
鏡に写る自分の顔を見る度、母の言葉を思い出す。
博文は亡き母に似て、女顔であった。
髪を結い上げ、着物を着れば、母の若い頃そっくりに見えるだろうか?
ふと、そんな事を思う日もあったが、博文に女装趣味はなかった。
学園祭の出し物で女装コンテストがあったが、博文にとっては気持ち悪い不快な出し物としか写らなかった。
当然、女顔の博文に出場の声が上がったが、断っている。
いたってノーマルな博文であった。
兄の博次は薬学を専攻して大学の寮へ一人下宿生活を送っていたため、博文はいつも孤独を感じていた。
掃除や食事の用意してくれる家政婦がいるにはいたが、会話らしい会話なぞした事もない。
住み込みで働いている訳ではないので、学校から早く帰った時に出会う程度だった。
高校受験も終わり、春には高校生になる博文は、再度父への報復を企てる。
「あのクソ親父に、今度こそ赤っ恥をかかせてやる・・・」
薄暗くなり始めた夕刻、博文はデジタルカメラ片手に家を飛び出した。
父の会社に電話して、ある程度のスケジュールは把握している。
今日はきっと、「春花」という女の元へ出掛ける筈だ。
友人の兄に頼み込んで、親族の振りをして付き添ってもらい、探偵に身辺調査を依頼までして調べたのだ。
春花の氏素性は判らなかったが、不特定多数の男性との交友があると教えてもらっている。
きっと、金目当てのロクでもない女に違いない。
そう思いながら、春花の住むマンションの近くで張り込みを開始した。
幸運な事に良い張り込み場所が見つかった。
コンビニエンスストアである。
雑誌のコーナーで立ち読みする振りをしながら、マンションの周囲を確認する。
黒塗りのベンツが止まり、父の後姿を捉える。
『きた』
まずは、一枚とカメラを構えるが、眼前のガラスに色んな姿が映りこんでしまいピントが合わないし、店員や他の客達の視線もあるし、撮影をすぐに諦めなければならなくなってしまった。
慌てて店の外に出たが、時すでに遅し。
ベンツは立ち去り、父はマンションのエントランスへ移動していた。
「くそっ」
苛立たしげに地面を踏む。
店内に戻り、菓子パンとジュースを買う。
パンを憎々しげに租借しつつ、博文は冷静さを取り戻す。
女の部屋へ向かった以上、父がすぐに出てくる気配はないだろう。
どこかで時間を潰すべきか・・・。
ゴミ箱の前で博文はそう考えていた。
「ねぇ、キミ。さっきから何してるの?」
「え?」
どこにでも居そうな中年男性に、不意に声をかけられる。
「な、なんでもないよ。オジサン」
「ふ~ん」
何者だろうか?
「もう暗くなるから、お家に帰ったほうがいいよ」
「それは、オジサンもだろ」
馴れ馴れしく語りかけてくる中年男性がうっとおしく思い、博文はその場を一旦離れる事にした。
コンビニから2件離れた建物と建物の間に身を隠す。
建物の影から、マンションの方を窺おうと顔を出すと、まともや、先程の中年男性が博文の前へやってきた。
「なにか用ですか?」
警戒しながら、博文は訊ねる。
中年男性は懐からタバコを取り出し一服しつつ、博文に一言。
「ボウヤ、いかにも張り込みしてますって感じだな。悪い事は言わない。不審者と間違えられる前にお家に帰んな」
「なっ」
男は、博文を冷ややかに見つめ、言葉を続ける。
「ボウヤは、ずっとそこのコンビニから、あのマンションを見張っていただろ? オジサンも、あのマンションを張っていたのさ」
「えっ?」
「ふふっ、ボウヤの前も何度も歩いたんだが・・・気が付かなかったかい?」
中年男性の外見はいかにも帰宅途中のサラリーマンに見えた。
マンションに意識が向いていた博文に、目の前を通り過ぎた彼の印象が残ろう筈もない。
いったい、何者なんだ?
博文は一歩後ずさり、身構えた。
「おいおい、そう怖い顔しなさんな。俺は、な・・・・・えっと」
男は咥えタバコのまま懐やズボンのポケットに手を入れ、何かを探そうとしていた。
その間に逃げる事もできたのだが、博文はそれをしなかった。
張り込み中の刑事か探偵だと思ったのだ。
父に不利益をもたらすなら大歓迎でもある博文は、警戒したまま男の動きを見ていた。
「えっと、・・・おっ? あった。これこれ」
男は名刺らしき白いカードを博文に差し出した。
だが、場所が悪く、暗がりの中では名刺だろう事しか判らない。
「オジサンな、探偵なんだ。ボウヤが写真を撮ろうとした男の事を調べているのさ」
「・・・・」
「どうした? オジサンみたいな普通っぽい人が探偵で驚いたって顔だぞ」
「・・・あの」
「なんだい?」
「どうして、ボクに探偵だとバラすんですか?」
「目障りだから」
男はあっさりと博文に告げた。
「素人のボウヤにウロチョロされると、な。オジサン、仕事し難いんだよ。判るかい、ボウヤ?」
「す、すいません。でも、ボク・・・」
「訳あり、か?」
「はい」
博文は父の女遊びを止めさせようとしていた事を手短に話した。
男はあまり興味がないといった風だったが、博文の話を聞くぐらいの余裕があった。
「・・・なるほど。だったら、オジサンがボウ・・・いや、キミに代わってお父さんを懲らしめてやろう」
「本当ですかっ」
「あぁ、もちろん」
「あの、だったら、ボクに何か手伝える事はありませんか?」
突然現れた味方に、博文は少し興奮気味である。
「そうだな・・・・じゃあ、博文くんだったね。お父さんについて2つ3つ聞いてもいいかい?」
「はいっ、ボクに判る事だったら何でも」
「はははっ、そう肩に力を入れなくてもいいよ。それよりも、こんな所で立ち話もなんだ・・・。よかったら、すぐそこの駐車場で話さないか? ちょうどオジサン、相棒と張り込みを交替しようと思っていたしね」
「え?」
マンションの近くにある100円パーキングを指差しながら、男は博文の肩をポンッと軽く叩いた。
「そら、そこの駐車場だよ。あそこに停めている車にオジサンの相棒が仮眠してるのさ」
「どの・・・車ですか?」
「白のセダンさ」
「はあ」
言われても博文には、どの車か判らなかった。
「どうする? そんな場所に博文みたいな子がずっと居たら、目立つと思うよ」
男は、スタスタと通りに戻る。
プロに言われては仕方ない。
博文は男の後を歩いた。
父への報復に頭がいっぱいだったために、博文はあまりにも無防備に男に付いて行ってしまう。
「よう、相棒。ターゲットは?」
駐車場の奥に駐車している車の1台から、20代半ばの男が出てきた。
「ああ、今頃はお楽しみだろう」
「そっちの子は?」
「あぁ、情報提供者さ」
「こ、こんばんは」
博文は緊張しながら、若い男に頭を下げた。
若い男は、軽く手で挨拶を返す。
「さっ、博文くん。ずっと立ちっぱなしで疲れたろう? 狭いが席にどうぞ」
「あ、はい」
中年男性が、車の後部ドアを開けて、博文を誘った。
博文が座席に腰掛けた瞬間。
バチッ!!
電気が火花を飛ばした様な音が響いた。
中年男性は博文に何かを押し付けたのだ。
「バカなガキだぜ・・・なぁ?」
「まあ、楽に誘導できていいじゃないですか」
「だな・・・」
中年男性の手にはスタンガンが握られていた。
博文は何が起こったのか判らず、身体が硬直した事にパニック状態だ。
中年男性は、すぐにスタンガンを仕舞うと、今度はポケットから布を取り出し、博文の口と鼻を塞ぐ。
薬品が染み込ませてあるのだろう。
身体を痙攣させていた博文は、すぐに眠ってしまった。
2人の男は会話をしながら、素早く博文を無力化したのだ。
博文はいったいどうなってしまうのか?
起きる様子がない博文を確認すると、2人の男は博文を乗せたまま、車を発進させた。
「ちょろい仕事だったな、相棒」
「ですね。しかし、あまり良い仕事じゃありませんね」
「まあな。だが、金払いはいいから、止められないな」
「違いない、ふふっ」
すっかり夜となった街を車は走り去った。
博文の運命は如何に?
続く